2008年11月18日

女でアンダースローでナックルボーラー

 漫画家の水島新司さんが、「野球狂の詩」を描いていた頃の話です。
 女性のプロ野球選手を登場させようと考えた水島さんは、親交のあったプロ野球選手に「女の子がプロ野球で活躍する可能性はあると思うか」と質問をしたそうです。この問いに、王や長嶋といった面々は「無理ですよ、体力が違いすぎる」と答えましたが、唯一違う答えを返したのが野村克也さんだったそうです。
 彼はこう答えたといいます。「その子にしかないボールがあれば、ワンポイントとしてなら通用するかもしれません」と。そこで生み出されたキャラクターが、かの有名な水原勇気でした。左のアンダースローという変則フォーム、球速と球威は無いが抜群の制球力を持ち、ドリームボールという魔球を操る彼女はアウト一つを確実に取る為のワンポイントとして起用され、活躍することになります。ちなみにこのドリームボールというのは「ホップした後揺れて落ちる」と形容されますが、その正体は「フォークの握りで投げるスクリュー」であり、水原は左投手故にスクリュー変化が可能で、極端なアンダースローからスナップで投げる為ホップしてフォーク変化をする、ということになっています。それなりに考え抜かれた設定なのは、さすがに絶頂期の水島御大だけのことはあります。

 現実世界では、女子リーグはあっても男に混じって女が野球をするのはなかなか大変です。高校野球では規定上公式戦どころか公式練習にすら参加できませんし(ほんと、高野連って腐った団体ですよね)、プロ野球には男女を分ける規定こそありませんがさすがに女が混じるのは難しく、今のところNPB12球団に女子選手が参加したことはありません。アマチュアでは、六大学野球で女子選手が投げた事はありますが滅多打ちに遭っています。クラブチームでは茨城ゴールデンゴールズの片岡安祐美さんが有名ですね。
 そして今回、独立リーグとはいえ、男に混じってプレーするはじめての女性選手が誕生するそうです。
 吉田えりさん。右アンダースローでナックルボーラーという、これまた非常に珍しい変則投手です。

 今のところの情報では、吉田投手が単にナックルを投げるだけなのかフルタイムのナックルボーラーなのかはよく分かりません。恐らくフルタイムなのではないかと思いますが、単にナックルと言ってもフルタイムであるかそうでないかには大きな差があります。
 ナックルというのは非常に特殊な変化球です。普通の変化球、つまりカーブやシュート、フォークといったものは「ボールに意図的に回転を加える事で軌道を変化させる」というものですが、ナックルは全く逆で、「可能な限り回転を加えない事で空気抵抗や風により不規則に軌道が変化する」というものです。その変化は文字通り不規則で、いわば風船が風に煽られるような変化、木の葉が風に舞うような変化だといいます。回転を加えないことが要諦なので力を入れて投げることができず、球速も100km/h以下が普通です。
 ナックルは力を入れない投球フォームと、一定のリリースポイントを要求されます(そうでないと変化しませんし、コントロールが定まりません)。一般にピッチャーは駆け引きとしてリリースポイントをばらつかせますが、それができないのです。このように投球スタイルそのものが通常の投手と全く違ってくる為、ナックルを習得した投手は目先を変える為に不意に投げる程度か、そうでなければ常にナックルしか投げないかを選ぶことになります。後者の道を選んだ者が、フルタイムナックルボーラー(あるいは単にナックルボーラー)と呼ばれます。
 本物のナックルボーラーは非常に珍しい存在ですが、その投球は全く不可思議です。一見、力を抜いて淡々とチェンジアップを投げ続けているように見えますし、その遅い球を並み居る強打者が次々と空振りしていくのです。ただしナックルの効果はその日の気象状況に大きく左右されるため、打たれるときは滅多打ちに遭います。そのため、ナックルボーラーの見かけ上の成績はぱっとしない事が多くなりますが、しかしナックルボーラーにはもう一つ利点があります。投げるのに力を使わない上に肩や肘に負担が掛からないのでイニングイーターとして最適ですし、、選手生命も長くなるのです。史上最も有名なナックルボーラーであるフィル・ニークロは48歳まで24年間投げ続けて318勝していますがうち121勝は40歳を過ぎてから稼いでいますし、年間300イニング以上を投げた年が4回(うち最多の342イニングを投げたのは40歳の時)というのもナックルの賜でしょう。ちなみに弟のジョー・ニークロもナックルボーラーで通算221勝を挙げ、兄弟でトータル539勝というのは恐らく不滅の記録となるでしょう。
 日本人のフルタイムナックルボーラーは今のところプロにはいないようですが、去年広島カープに在籍したジャレッド・フェルナンデス投手は日本球界初といっていい本物のナックルボーラーでした。惜しくも退団しましたが、5月頃の対阪神戦などでは人を喰ったようなナックルの連投で阪神打線を翻弄し、また飄々と連投するイニングイーター振りは真のナックルボーラーの姿を垣間見せてくれました。

 女性である吉田投手がナックルに目を付けたのはまさに慧眼です。ナックルなら球速は不要、肩にも腰にも負担はありませんし、体力面もカバーできます。彼女は現役最高のナックルボーラーとして有名なティム・ウェイクフィールドの投球を参考にしたそうですが、是非活躍して欲しいものです。女性野球選手、そしてナックルボーラーの未来を開く為にも。
 ただ、無論不安材料はあります。そもそもナックルは習得が難しく、しかもアンダースローからナックルを投げるという話はほとんど聞きません。僅か16歳の彼女がいかにウェイクフィールドの投球を熱心に研究したところで、どの程度のナックルを投げられるようになっているのかはかなり怪しいでしょう。球速も100km/hそこそこと言いますが、これはストレートを投げてこの球速なのか、それとも100km/h程度のナックルを投げるのか、どちらかで話が全く違ってきます。活躍はして欲しいが実力の程は全く分からない、というのが正直な所でしょう。

 しかし、困難な環境にも負けず野球を続けてきた女性選手達の根性と執念は、ある意味男性選手などとは比較にならないのかも知れません。聞いた話ですが、高校野球の練習に参加した片岡選手は男どものだらしない態度に憤慨し、あの可愛らしい顔から想像もつかない凄まじい一喝で選手達を震え上がらせたのだとか。吉田投手にも是非、男どもを驚愕させるくらいの奮闘を見せてほしいものです。
 客寄せパンダとしての側面は本人も理解しているでしょうが、それに潰されないように。
posted by 風祭万里 at 15:50| 埼玉 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんかテレビで特集してるの見たけど、
まっすぐが100キロだったかなぁ。

とりあえず気になったのは、セーフティバント作戦されたらどうなるんだろう。
フィールディングやらクロスプレイで間に合うぐらいの送球を投げれるのかな。

あと、ピッチャー返し当たったら可哀想。

とりあえず大阪やし一回見に行ってみたいなぁって思った。
Posted by 深雪 at 2008年11月19日 06:14
まっすぐがそれだったら苦しいかも知れませんね。
でもまあ、フェルナンデスもまっすぐは110kmくらいでしたから、それはあまり問題ではないのかも。

それより問題はフィールディングでしょう。
ナックルボーラーは牽制と守備が巧くなければ務まらないそうです。フェルナンデスも一見ピザでしたが、動きは軽快でしたからね。
Posted by 万里 at 2008年11月20日 09:52
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